[イギリス発] 不沈のはずのイギリスの豪華客船、タイタニック号が氷山に衝突して沈んだのは今から95年前のことであった。乗員乗客1,500人余りが命を落としている。
しかし、この沈没事故には
謎が多く、客船のオーナー、ホワイトスターライン社が経営難に落ち入り保険金目当てでわざと沈没させたとする陰謀説が事故当時から囁かれていたようだ。
その謎の一つに、船の見張り番の必需品である双眼鏡が同船から消えてなくなっていたというのがあるが、陰謀説によると、これは事故を誘引するため会社側がわざと隠したということになっている。しかし、真相は見張り番が双眼鏡がしまわれているロッカーの鍵を持っていなかったからということのようである。
しかも、そのロッカーの鍵は紛失してしまったわけではなく、この95年間大事に保管されてきており、来月にはオークションに出品される予定になっている。
この鍵はもともと、事故当時ホワイトスターライン社の船員であった、デヴィッド・ブレアー氏(当時37)が持っていたものだった。
タイタニック号はアイルランドのベルファストにあるハーランド&ウルフ造船所で建造されたのだが、1911年5月31日進水式を行い、10ヶ月をかけて装備をした後、1912年4月3日イギリスのサウサンプトン港に向けて出航した。
この時、ブレアー氏と共にタイタニック号に乗船していたフレッド・フリート氏は、ブレアー氏が双眼鏡を携行していたことを覚えている。
タイタニック号は4月10日、サウサンプトン港からニューヨークに向けて出航する予定だったが、ブレアー氏も二等航海士としてそれに乗船することになっていた。ところが、直前になって、彼は船から下りるよう命じられたのだ。
ホワイトスターライン社の幹部たちは、姉船のオリンピック号に乗っていた経験豊富なヘンリー・ワイルド一等航海士をタイタニック号の処女航海に起用することを決定し、このため船員のランクが一つずつずれてしまい、古参のブレアー氏が三等航海士のポジションに落ちるのは不適当と判断されたからであった。
このことに落胆した彼は、義理の姉(または妹)に送った絵はがきに次のように書いている。「オリンピック号の一等航海士のために船を降りなきゃならないようです。タイタニックは壮大な船舶で、処女航海に乗れないのは本当にがっかりです」
突然の変更で、ブレアー氏はあわてて身支度をし下船したのだが、服のポケットに入れておいた双眼鏡用ロッカーの鍵を、彼の交代要員であるチャールズ・ライトーラー氏に手渡すのをうっかり忘れてしまった。
彼は同船舶がサウサンプトン港を出た後に鍵を渡し忘れたことに気付いたのだが、その後も記念品として鍵を手放さなかったそうだ。しかし、もしライトーラー三等航海士に鍵が手渡されていたら、見張り番の彼は双眼鏡が使えたはずだ。
双眼鏡があれば、もっと早くに危険を察知でき、タイタニック号は氷山にぶつからずにすんだかもしれないのである。
総重量46,000トンのタイタニック号は4月14日、午後11時45分に大西洋北部で氷山に激突し、4月15日、午前2時20分に沈没した。
沈没事故の後、米国では事故原因を究明するため事故調査委員会が設けられたが、委員長のスミス上院議員が生き残った見張り番のフリート氏に、「双眼鏡があったとしたら、もっと遠くから氷山を確認することができたかね?」と質問すると、彼は「もう少し早く見つけることができたでしょう。氷山を避けるのに十分な時間があったと思います」と答えている。
それなら、何でロッカーをこじ開けてでも双眼鏡を使わなかったのか、激しく疑問に思ってしまうのだが、すべてピカピカの新品の豪華船ではそうすることも憚られたのであろうか?
曰く付きの鍵はブレアー氏が羲姉(妹)に出した絵はがきと共に9月22日にオークションにかけられ、少なくとも7万ポンド(約1,640万円)で落札されると見込まれているそうである。
ソース:
- Is this the man who sank the Titanic by walking off with vital locker key? [+画像]
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