[アフガニスタン発] アルカイダのドン、オサマ・ビン・ラディンは、たまにその姿をテレビに放映されるビデオクリップで見る程度で、テロリストという以外、その素顔についてはほとんど知ることがないが、7月20日付けの英デイリー・テレグラフ紙は、僅かながらも彼の素顔が垣間見れる記事を掲載している。
記事では、果物売りをして生計を立てている、文盲のアフガニスタン人男性、アクターさん(65)がインタビューされているのだが、彼は過去に5年間、ビン・ラディンの小間使い兼料理人として働いていたことがあるという。
彼は、プロのコックではなかったけれど、昼食と夕食時にはビン・ラディンの好物であるマトンコルマ(マトン入り、生クリームとカシューナッツのカレー)を料理し、朝食には、炒り卵を作ったという。
「もし、今日、彼がここに居たなら、もちろんマトンコルマを彼のために用意しますよ」と、カブール近郊にある彼の果樹園の林檎の木の下に座って、インタビューを受けるアクターさんは語る。「それは彼の大好物で、アーモンド、オレンジピール、レーズンがたくさん入ったピラウ(ピラフ)と共に食べるのが好きでしたね」
ビン・ラディンは自分の健康状態について愚痴をこぼしつつも、食べ物の好き嫌いが激しかったという。また、毒を盛られることを恐れ、アクターさん以外の人間に自分の食事を作らせることはめったに無かったとも。
アクターさんは、ビン・ラディンらと共にパキスタン国境近くの洞窟で寝起きしていたわけだが、そこでの生活は予想通り厳格で、祈りとジハード(聖戦)についての談話に終始していたようだ。ビン・ラディンの睡眠時間は短く、真夜中には起きて神へ祈りを捧げていたという。通常、敬虔なイスラム教徒は一日に5回祈るが、もちろんそれも実行した上でだ。
洞窟では、アクターさんは一つの部屋をビン・ラディンと彼の助手であるパレスチナ人のアブ・マズとシェアしていたという。部屋にはベッドが一つしかなかったそうだが、ビン・ラディンは一番年長だからという理由でアクターさんに使わせたそうである。
毎日、午後になると、ビン・ラディンは弟子たちにコーランに基づくジハードの正当性について、長時間講義をしたとも言われる。しかし、そんな彼にも明るい側面もあったようである。
「彼はいつも冗談を連発していました」とアクターさんは言う。「サウジアラビアに一時帰国する時は、彼はいつも嬉しそうで、『4人の妻が私の帰りを待ってますからね。楽しんで来ますよ』と言ったもんです。我々アフガン人は、自分の妻のことをああいう風には語りません」
なるほど、ビン・ラディンは食べ物の好き嫌いが激しい、ジョーク好きのオジサンだったというわけか。一説に、彼は肺の合併症をこじらせて、2001年に死亡していると言われるが、真相はいったいどうなのであろう?
ソース:
How I shared a curry with bin Laden
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- 2007-07-21 15:49
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でも、死んでも生きても彼の為に尽くしたことは無い。
アラーは偉大です・・彼らの無知に泣くこと何時も。
代打Fより:彼は、アラー神です。聖戦も無ければ
アラー神は、ビンラディンの行いを褒めることも無いという意味でしょう。不毛の地に神がいるとすれば聖母マリアです。何時も女性は静かに星や花を愛でる心のある場所にしたいと願います。