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スラム街に住むムガール帝国皇帝の末裔たち、タージマハールの「新・世界の七不思議」入りに歓喜する

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[インド発] 「新・世界の七不思議」を選ぶインターネット投票の結果が7月7日、ポルトガルの首都リスボンで発表され、万里の長城(中国)、ペトラ遺跡(ヨルダン)等と並んで、インドのタージマハルがランクインした。

タージマハルは、かつてインド亜大陸を支配したムガール帝国(1526年〜1858年)の第5代皇帝、シャー・ジャハーンが、37歳で死去した愛妃、ムムターズ・マハルの廟墓として、約20年の歳月をかけて1653年頃完成したものである。

インドの人々はタージマハルが七不思議に選ばれたことを祝ったが、なかでも西ベンガル州コルカタ(旧カルカッタ)、ハウラー地区のスラム街に住むスルタナ・ベガムさん(54)の喜びは格別である。

というのも、スルタナさんの亡き夫、故ミルザ・モフド・ベダル・ブクトさんはムガール帝国最後の皇帝、バハードゥル・シャー2世とその王妃、ジーナト・メハルの曾孫だからだ。バハードゥル・シャー2世はシャー・ジャハーンの直系の子孫である。

「私の人生で一番嬉しかったことの一つです。夜遅くまで起きて、リスボンの投票結果を伝えるテレビ番組を見てましたよ」と、スラム街にあるわずか6平米の薄汚い部屋に住むスルタナさんは大喜びで話す。

「タージは世界でも常に最高峰の一つで、いまさら改めてそれを確認するために投票される必要も無いのですけれどね。テレビでタージが投票戦から脱落しつつあると報道されていた時も、新・世界の七不思議リストにきっと入ると思っていました」と、スルタナさんは取材陣に語る。

投票結果が発表された時、スルタナさんは、娘のマドゥ・ベガムさん、孫娘のロシュナ・アラさん、そして、弟のパルヴァント・シン・マイハリさんと共に、喜びを分かち合ったという。

本来なら、友人、家族、ご近所さんたちと共にお祝いをしたいところだが、インド政府から、毎月400ルピー(約1200円)の恩給を貰って生活する身では、それは叶わないことだとスルタナさんは嘆く。(ちなみに、インドの国民一人当りの所得は2万3222ルピー(2004〜05年度、名目値)で、一月当たり1935ルピーである)

彼女は以前、自宅のすぐ近くで露店のチャイ(インド独特のミルクティー)屋を営んでいたが、途中で廃物商に露店を貸し出していた。しかし、その店も今は畳んでしまってない。

そういうわけで、スルタナさんは政府に恩給額を上げるよう、そして土地も分け与えてくれるよう掛け合ったそうだが、失敗に終わったという。

「2005年に、国民会議派の党首、ソニア・ガンジーに手紙を書いて、まともな生活ができるよう、恩給を上げてくれるようお願いしたんですよ。折り返し彼女から、担当の省庁に善処させますという返事が来たんですが、今のところ何も起きてませんね」と語るのだった。


筆者は元記事を読み終わった時、平家物語の冒頭の一節「祇園精舎の鐘の声、諸業無常の響きあり。・・・」を思い出してしまった。国民所得が今よりずっと低かった17世紀のインドでタージマハルのような巨大で豪華な墓を亡き妻のために建てる財力のあったシャー・ジャハーンと、経済賑わう大都会の場末のスラムにひっそり暮らすその末裔。落差が凄すぎる。

インドを植民地化したイギリスは、1858年、ムガール最後の皇帝、バハードゥル・シャーを退位させ、ミャンマーへ追放したのだが、その後、このやんごとなき家系の人々はどういう末路を歩んで、スラムに辿り着いたのであろうか。

欧州諸国や日本では、経済の発展と共に社会構造も劇的に変化した割には、形骸化したとはいえ、王家が温存されてきているのに対し、これまで経済発展も社会変革も象の歩みと言われたくらい、変化することを嫌ったインドで、かつての王家がこれほどの没落をするというのも皮肉である。

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