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タイタニック沈没は「単純な操舵ミス」、航海士遺族が明かす

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沈没するタイタニック号


[イギリス発] 1912年4月に発生した英豪華客船タイタニック号の沈没事故は、単純な操舵(そうだ)ミスが原因だったと、航海士の遺族が英紙『デイリー・テレグラフ』のインタビューの中で明らかにした。

タイタニック号の二等航海士、チャールズ・ライトーラーの孫であるルイーズ・パッテンさん(56)は元文部大臣、ジョン・パッテン卿の配偶者であり、小説家でもある。

パッテンさんによると、タイタニック号は氷山発見時、十分にそれを回避する時間があったが、パニックに陥った操舵手が舵を間違った方向に切ってしまい、氷山に衝突、沈没するに至ったという。

タイタニックが建造された当時は、帆船から蒸気船への移行期にあたり、帆船用のティラー・オーダーズと蒸気船用のラダー・オーダーズという2種類の操舵命令が並存していた。そして、この点が重要なのだが、これら操舵命令は互いに相反するものだった。例えば「hard a-starboard!」は、ティラー・オーダーズでは「取舵いっぱい!(舵輪を左に回す)」を意味するのに対し、ラダー・オーダーズでは「面舵いっぱい!(舵輪を右に回す)」を意味する。

そして、さらに話をややこしくするのはタイタニックが蒸気船であるにも拘らず、ティラー・オーダーズを採用していたこと。

タイタニック号の操舵手、ロバート・ヒチンズロバート・ヒチンズ
一方、事故発生時当直だった操舵手、ロバート・ヒチンズ(当時29)は蒸気船に熟練していた。それが災いしたのか、2マイル(約3,200メートル)前方に氷山を認めた一等航海士、ウィリアム・マードックが「hard a-starboard!」と叫んだ時、慌てたヒチンズは舵輪を左に回さねばならないところ、とっさに右に回してしまった。マードックは途中で間違いに気付き、ヒチンズに方向転換させたが、間に合わず船は氷山に衝突した。


「取舵いっぱい!」マードックは「取舵いっぱい!」と命令し、船を左に回頭させようとした。


「面舵いっぱい!」ところが、ヒチンズは「面舵いっぱい!」と取り違え、右舷が氷山と接触した。


ジェームズ・キャメロン監督の米映画『タイタニック』(1997年)では、操舵手は間違うことなく舵輪を左に回している。


パッテンさんの祖父、チャールズ・ライトーラー(当時38)は、衝突時、当直ではなかった。が、救命ボートをめぐり暴動が発生した場合に備えるため、拳銃を取りにマードックのキャビンへ向かった時のこと。そこには彼も含め4名の上級航海士が集まっていたのだが、この時、操舵手の致命的なミスだけでなく、船主であるホワイトスターライン社の社長、ブルース・イズメイが(彼もタイタニックの処女航海に乗船していた)船長、エドワード・スミスに圧力をかけ、衝突後も航海を続けさせたことを知ったという。


タイタニック号の二等航海士、チャールズ・ライトーラーチャールズ・ライトーラー


パッテンさん曰く「イズメイは自分の投資を失うことと会社の評判を落とすことを恐れ、航行継続を主張したに違いありません」

というわけで、タイタニックは氷山と衝突した後も10分間ゆっくりと航行していた。しかし、これが元で船体に流入する海水の圧力が高まり、海水が防水隔壁から溢れ出た。その結果、タイタニックの沈没を数時間早めてしまった。救助船が4時間以内に駆けつけたことを考えると、もし、タイタニックがその場に停泊したままだったら、乗員乗客全員の命を救えていただろうとパッテンさんは話す。

タイタニックは衝突から2時間40分後に沈没したが、救命ボートが足らず、生存者は706人のみ、犠牲者は1,517人にのぼった。

生存者の中にはライトーラーとヒチンズも含まれていた。ヒチンズはライトーラーに救命ボート一隻の指揮を担当するよう命じられ、船から降りていた。ライトーラー自身は、直接命令にそむき救命ボートに乗ることを拒否、船が沈没すると同時に海に飛び込んだ。海中深く引き込まれたが、海中爆発の衝撃で海面に押し上げられたところを、ちょうど通りがかった救命ボートに救われた。

ライトーラーは米英の事故調査委員会にそれぞれ証人喚問で呼ばれたが、タイタニック沈没の真相については一言も漏らさなかったという。理由は、彼には船会社を守る義務があると考えたからだとパッテンさんは説明する。

唯一、彼が真相を打ち明けたのは妻のシルビア、つまり彼女の祖母だった。祖父の死後生まれたパッテンさんは、10歳の時、この話を祖母から聞かされたという。以来45年間、母親に言い含められたこともあり、夫も含め誰にも口外したことはなかったそうだ。家族の秘密はこのまま墓まで持って行くはずだったが、小説の構想を練っている時、これはうってつけの題材になると考え、公表することを決心。書き上げた作品『Good as Gold』は沈没船から脱出した後、臆病者との汚名を着せられた裕福な銀行家の物語で、9月30日出版された。

パッテンさんはテレビのニュース番組にも出演、ヒチンズの曾孫、サリー・ニールソンさんとも初顔合わせしている。ニールソンさんは、曾祖父には当時、操舵手として10年の経験があり(彼女はそう発言しているが、付属記事には7年と書かれている)、舵を取り間違えるなど、絶対にありえないと反論している。いずれにしても、タイタニック号の悲劇は100年近くたった今も、人々の心を魅了してやまないようだ。




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