[アメリカ発] 今日取り上げる記事は、イラクやアフガニスタンから帰還した元兵士たちのホームレス問題を詳しく取材したものだ。戦争で命を落としたり怪我をするのは当たり前のことだが、これを読むと心も壊れていくんだなということがよく分かる。
イラク戦争開戦当時、従軍取材していたテッド・コッペルのインタビューに意気揚々と「我々はイラクの人々を解放しに行くのです」と答えていた若い兵士たちは、今も同じスピリットでいるのだろうか?
同記事は米ローカル紙『San Francisco Chronicle』が11日付けでオンライン掲載したものだが、以下はその全文翻訳である。
イーサン・クロイツァーさんは17歳で入隊し、第19空挺部隊の一員としてアフガニスタンのジャララバドで戦った。帰国した時、彼には金もなければ学歴もなく、民間での職歴もなかった。間もなくホームレスに転落、裏通りのごみ箱の陰で寝るようになった。
工兵だったジューン・モスさんはトラックのコンボイ(車両集団)と共にクウェートからイラクへ向かった。アメリカに帰って来た時、彼女は家を失い、2人の幼子を抱え、カリフォルニア州北部のホテルを渡り歩いた。
頑丈で肩幅が広く、大きな笑みを浮かべる21歳の青年、ショーン・マキーンさんは学費が欲しくて、地雷処理の任務を負いイラクへ行った。彼は帰国して1週間も経たないうちにホームレスに。今はサンフランシスコの混み合うホームレス施設の折り畳み式ベッドで寝起きする身だ。
テロとの戦いから帰還後、ホームレスに陥る退役軍人たちは増える傾向にあり、彼等はその一例だ。
カリフォルニア州には毎月2,000人以上の兵士が帰還して来るが、そのほとんどは専門的業務に就いた職歴も学歴も無く、社会復帰に苦労している。そして、多くは心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱え、そのため友人や家族とうまくやっていくのが困難で、仕事に就くのもほとんど不可能な状態だ。
「帰国した時、まるで全世界を敵に回したように感じたんです」とクロイツァーさんは言う。「1年にも満たない前は軍服を着ていたというのに、歩道の上に寝ているんですから」。穏やかな話し方をするが落ち着きのないクロイツァーさんはまだ高校に在学中セブンイレブンで兵士として採用された。しかし、アフガニスタンに赴いて5ヶ月後、彼は神経衰弱に陥りPTSDと診断される。アメリカに帰国後、ほぼ4年間路上生活を送ったという。
クロイツァーさんはサンフランシスコの路上やゴールデン・ゲート・パークで寝るイラク戦争から帰還した元軍人にも数人出会っている。また、アフガニスタンでの戦争から帰還した元軍人にも数人出会ったが、皆彼と同じような状況にいたという。
クロイツァーさんは現在、「Swords to Plowshares(剣から鋤の刃へ)」というグループがトレジャー・アイランド内で運営する仮設住宅で暮らしている。彼は、仕事と住処を維持することを学べるようにと、PTSDのカウンセリングを他のテロとの戦争退役軍人らと共に受けている。「僕はたくさんの問題に悩まされてました。向こうで見たたくさんの良くないことにね。部屋で目が覚めた時、まだそこ(アフガニスタン)にいると思ったりすることが時々あります。今でも、そこの空気がどんな味だったか覚えてるんですよ。岩々や人々が見えるんです」と彼は語る。
「Swords to Plowshares」のイラク退役軍人プロジェクトのディレクター、エイミー・フェアウェザー氏によると、PTSDの症状の1つに孤立と引きこもりがあるそうだ。「それが仕事に就くことを妨げるわけです。独りぼっちで暗闇の中に座っているのです」と彼女は言う。
フェアウェザー氏の元にはホームレスに陥った復員兵が多数訪れている。
「必要とする助けがないと、あっという間にホームレスになってしまいます。精神状態は悪化し、気持もさらに落ち込みます」と彼女は言う。「ここを訪れるイラクやアフガニスタンから帰還した元兵士たちを見ていても、ホームレスになるのに時間は掛かっていません。ベトナム戦争の後、路上生活に転落するまでには一般に5年から10年掛かっていました。今は、3ヶ月で路上生活突入です」
モスさんは軍隊で12年間勤め上げ、在郷軍人会の融資を受け家を購入していたが、住宅ローンの返済が滞るようになった。
「イラクから帰って来た時、何かがおかしいと知ってはいました」と彼女は言う。PTSDと診断された彼女は、夜眠らずにどうやったら家族の安全を守れるか考えを巡らせていたという。「自分たちを守るため、ドアの前に冷蔵庫を置くことにしたんです」と彼女は言う。「そして、眠りたくないもんだから一晩中クッキーを焼いて過ごすんです。最終的に、家から出る事もなくなりました」
モスさんは仕事と収入を失い、銀行側は彼女の家を差し押さえた。
彼女はPTSDが収まるまでの間、子供たちを連れて仮設住宅とホテルの間を行き来していた。現在は、在郷軍人会でフルタイムの仕事に就き、仮ではあるが家族のために家も確保できた。「子供がいるから、治療も受けるし薬も飲むんです。そうじゃなかったら、どうなっていることやら」
他の元兵士たちはそれほど幸運ではない。マキーンさんはイラクで300回以上爆風に晒された。おかげで彼はPTSDだけではなく外傷性脳損傷(TBI)にも苦しんでいる。帰国後、彼は求職活動をしていたが、その間友人宅のソファの上や自家用車の中で寝た。シェルターに行き着くまでに、夜ごと路上を彷徨って過ごしたという。
「帰国してカルチャー・ショックを受けるようなもんです。でも、そのショックには慣れているはずなんですけどね」と彼は言う。「戦場に行かない限り、誰もそれがどんなものなのか分かりっこありません。戦場から帰って来て、自力で正常に機能しろって言うんですか?」
復員軍人省の推定によると、テロとの戦いから本土に帰還してきた兵士のうち約2,000人がホームレスだそうだ。ベトナム戦争後の膨大な数のホームレス元兵士に比べれば小さな数字だが、今後大きく膨れ上がる可能性があるという。
在郷軍人会パロアルト支部(在カリフォルニア州)では、PTSDやTBIで入院してくる患者の多くがテロとの戦争から復員してきた軍人たちだ。これは多数の復員兵がホームレスの危機にあることを示すものだと、ホームレス援助プログラムのディレクター、キース・ハリス氏は見ている。
「路上で生活するような事態になる前に、彼等が典型的にやることといったら、精神障害に苦しみ、家族、雇用主、伴侶など周囲の人間との関係を断ち切ることです」と彼は言う。「屋根のない文字通りのホームレスになった復員兵が大量にいるとは思いません。しかし、彼等の多くがその危機にいるとは思っています」
パロアルト支部のホームレス・シェルターは満員だ。そして、多くの復員兵たちは在郷軍人会は準備ができておらず非常にお役所的だと批判している。シェルターに入所するのに、たいてい6ヶ月から8ヶ月待たされるからだ。
しかし、誰に聞いてもパロアルト支部は過去のどの時よりもずっとよく準備態勢が整っているという。迫り来るホームレスの危機は精神衛生上の問題として扱うのがベストという認識のもと、支部では17,000人のメンタル・ヘルス・ワーカーを雇っている。これは、全米で最も大きな精神衛生プログラムなのだ。
しかしながら、現在もおおよそ200万人の兵士が戦場で戦い精神的外傷を被っていることを考えると、モスさんはパロアルト支部の準備態勢が如何様なものであろうと社会復帰の根本的な問題に対処できるのかどうか危ぶんでいる。
「問題は戦争自体だと私は考えます」と彼女は言う。「戦争は人を変えます。私はありとあらゆる復員兵と話をします。私たちがイラクから帰った来た時経験したことは、第二次世界大戦、ベトナム戦争、朝鮮戦争からの復員兵と同じものなのです。何も変わってないんですよ。本当の問題は恐らく戦争そのものだと思いますね」
ソース:
Iraq and Afghanistan war veterans join the homeless
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“そこ”が自分の国で、“そこ”以外に居場所がない人たちはどうなんだろうと思うとやりきれない。