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死を迎えるための宿「ムクティ・バワン」 インド・バラナシ

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死を迎えるための宿「ムクティ・バワン」 インド・バラナシ


[インド発] ヒンズー教徒の間では、バラナシ(ベナレス)で死を迎え、ガンジス川に散骨されれば、生と死のサイクル、輪廻転生から抜け出し、解脱できると信じられている。

そのため、インドでは各地から年老いた人々が最期の時を迎えるために聖地バラナシへ向かうのであるが、彼らが心静かに死を迎えるための宿泊施設がバラナシには数カ所ある。

そんな施設の一つをジャーナリストのジョナサン・アレン氏が訪問した。彼が訪れたのは、ガンジス川から歩いてすぐの所にあるムクティ・バワン(解脱の館)というホステル。百年前に建てられたという赤いレンガ造りのホステルには、簡素な部屋が中庭を取り囲むように12室設けられている。


門扉から見たムクティ・バワン門扉から見たムクティ・バワン © Arko Datta


足を踏み入れると、なかの雰囲気は陰鬱というにはほど遠い。

ホステルのマネジャー、ベラフ・ナス・シュクラさんは、「世間では子供が生まれると、新しい命を祝福しますが、それと同じように私たちは死を祝福するのです」と話す。

「ここでは、毎日のように死、むせび泣く声、混乱を目の当たりにします。だから、怖いとは思わないですね。この後には別の人生があるわけですから、怖がる理由なんてありません。嘆き悲しむのは馬鹿げています」と、シュクラさんは続ける。

部屋の一つを訪ねると、そこでは宿泊客のナラヤンさんが床にしゃがみこんで、携帯用コンロを使い食事の支度をしていた。彼の幼い娘は煙にむせて泣き叫んでいる。すぐそばには、80歳になる母親のマノラマ・デビさんが、木製の簡易ベッドの上に仰向けに横たわり、意識もなく喘いでいた。

ナラヤンさんは、「もう、年なんです。母は長生きしました。だから悲しくはないですよ。母がここで死ねるのは嬉しいことです」と言う。このホステルでは、貧しい人々は部屋代を払う必要はなく、デビさんの家族は電気と食事代を払うだけである。

ムクティ・バワンには医者や看護師はおらず、薬箱もない。その代わり、4人の祭司が死にゆく人々に祈りを捧げる。毎月、30人から70人がここで亡くなるという。しかし、宿泊客が2週間以内に亡くならない場合は、原則ホステルを出る決まりになっている。

誰かがいつ死ぬかを予測することは難しく、ムクティ・バワンに向かう時を決めるのはギャンブルのようなものだ。

「人々は死が近いと期待してここへやってきますが、時には当てが外れる場合もあります。そういう時は、人々は修正を余儀なくされます」とシュクラさんは言う。

ラム・ボグ・パンディさんの家族は不安を感じ始めている。ビハール州の村からやってきた85歳になる元教員のパンディさんは、この宿に来てすでに10日経つ。

彼は話すこともできず、動くこともかなわないが、意識はまだある。誰かが部屋に入ってくると、しょぼしょぼした目でじっと見つめ、微笑みかけようとすらする。食事の時、口から食べ物がこぼれ落ちてしまう彼の身体はまるで骸骨のようだ。

パンディさんの長男、ダヤ・シャンカーさんは父親が亡くなったときには、火葬用のまきの山に火をつける役目を担う。「医者に助かる見込みはないと言われて、父をここまで連れてきたのです」と彼は打ち明ける。

父親が今後数日のうちに亡くならない場合は、父親を連れて村に帰る予定だという。田畑を長期間放っておけないからだ。

もし、父親がバラナシで最期を迎えることができなければ、とても残念なことだとシャンカーさんは言う。「けれど、たぶん次の人生の最期に、もう一度チャンスが来るでしょう」とも付け加えた。

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