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王太子妃の亡父が書き残した自叙伝に当惑するノルウェー王室




[ノルウェー発] マッタ・ルイーセ王女が、霊能者だとカムアウトし、それ系の代替医療センターを設立した時、ノルウェー王宮は我関知せずのスタンスをとっていたが(末尾の関連記事参照)、王女の弟で王太子でもあるホーコン・マグヌス(34)の妃、メッテ=マリット(34)の亡父が書き残した赤裸裸な自叙伝には憤慨している様子だ。

ホーコン王太子が結婚したのは2001年だったが、相手がシングルマザーで、しかもその連れ子の父親に当る男は麻薬中毒で服役歴のある男というので、ノルウェー国民を驚かせた経緯がある。それでも、王太子夫婦は子供二人にも恵まれ、国民の信頼も勝ち取っていったのであるが・・・。

メッテ=マリット王太子妃の亡父、故スヴェン・O・ホイビー氏は広告会社の幹部であったそうだが、事業に失敗した後、68歳にしてストリッパーと3ヶ月の結婚生活を送る等、数々の奇行でよく知られる人物であった。

ジャーナリストのアネッテ・ギリエ氏と共同で執筆したというホイビー氏の自叙伝、『Sven O. Høiby: Et Portrett』(2007年10月出版)は、カネに困って売名行為に走った男の姿を描写したものだ。

一度など、ホイビー氏はモロドバ共和国で、同性愛者の権利を支持するためと称し女装をしたことがある。また、彼はあちこちのショッピング・センターでエルヴィス・プレスリーの物まねをして働いてもいた。

娘の結婚式に出席するための礼服を買わんがため、あるセレブ雑誌から謝礼として4,500ポンド(約100万円)を受け取ったのだが、それが彼が人目を引くため風変わりな行動をするきっかけとなった。

ギリエ氏によると、ホイビー氏は社会保障給付金で生活していたけれども、多額の税金を滞納していたらしい。これに対し、王室側は彼を金銭的に援助はしないと明言していたそうである。

ホイビー氏は、メッテ=マリット妃の母親と離婚した後、別の女性との関係も清算しているが、その後、家を売らなければならなくなるなど、彼の人生は悪化の一途をたどっていった。

おどけた振る舞いと深酒のせいで、彼は一種「あてこすりの」国民的英雄という名声を得るのだが、オスロ出身の「デスパンク」バンドのターボネグロ(ホモ、少年愛、強盗、サタニズム等をテーマにした曲目が多い)が彼をマスコットとして採用したことにより、ますますそのイメージが強くなってしまったようだ。

雑誌社からいくばくかの報酬を得ることでホイビー氏は極貧の生活からは免れていたが、「家族の一員が王太子妃になると、家族全体が犠牲を払うことになるんです」と、ぼやいていたという。

また、彼は、マスコミに対する「報復」として、娘よりわずか3歳しか年が離れていないストリップ嬢、レナーテ・バルスガードさんと結婚したりもしている。「ライフ・スタイルの違い」を理由に、二人は3ヶ月後には離婚したが、バルスガードさんは彼の親友となり、彼が今年3月、70歳で死去する前看病してもいる。

ギリエ氏は、「自叙伝は人生で最も大切なもの、すなわち、家族と誇りを失った男の悲しい物語なんです」と言う。

同氏によると、ホイビー氏は宮殿に庭師として雇ってもらえたらという密かな夢を抱いていたそうだ。しかし、彼がマスコミにタレコミをし続けたため、これに失望した娘と彼の関係はギクシャクしたものだったという。


彼が自叙伝を書いた真意は何だったのか測りかねる。ただ単に、胸の内をさらけ出したかったのか、カネ(原稿料)が欲しかったのか、死後も人々の話題に上りたかったのか、はたまた冷たい娘や王室にいくばくかの仕返しがしたかったのか・・・。

ソース: Norway abashed at memoir of princess's buffoon father

関連記事: エンジェルとお話することができる北欧のプリンセス


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